低調のとき

復活の前には死がある。逆を言えば、復活するには死ななければならぬ。何でもない状態から、突然復活するわけはない。九死に一生を得るのは運のいいことだろうか。よくはない。運がいいなら死にかけの事態に遭遇しない。真に運のいい人は、波風のない平穏無事の人である。

 

低調のときがある。皆目わからなくなるときがある。以前は、文字の方から目に飛び込んできたのに、今では、テキストの記述は全く無機質の相貌を放っている。つい先月まで、新しい章や単元に入っても、水を吸うスポンジのようにすらすらとわかっていた。意味も通じていた。しかし、今となっては、何ともわからない。ちっとも閃かない。灰色である。勉強に嫌気が差してくるのは、こういうときである。落差がある分、しんどいのだ。

 

憶えが悪くなるときがある。これまではさくっと憶えられたのに、今ではもう憶えがずっと悪い。下手をしたら、昨日やったことが思い出せない。あわててテキストを読み返してみて、(そうだった)と記憶を新たにするなんてのは、まだいいほうである。ときどき、(こんなことやったけ?)と、少しも頭に入ってないときもあり、我ながら驚いてしまう。こうしたことが続くと、だんだん机に向かわなくなる。

 

しかし、こうした状態がえんえんと、いつまでも続くわけではない。冒頭で述べたように、逆もまた真なり、なのである。低調なくして好調なし。低調の状態になったのなら、その前に好調の状態があったのである。これまで好調だったから、低調になったのだ。好調を味わうには、低調を舐めねばならない。好調で伸びるためには、低調を耐えねばらない。好調のときだけを狙って勉強するなんてことはできないのである。

 

低調のぐだぐだ振りの裏を返せば、それは、好調のぐんぐんとした伸びがあったからである。伸びに伸びてそのときの限界に来たから、勉強の調子や能率、効率、進捗が落ち始めたのである。意味も原因もなく、何の予兆もなく低調に入る方が稀である。低調の前には、何かしらができるようになったり、理解したり、憶えられたりしたはずである。

 

低調だな、と思い始めたら、少し自省してみる。何ができるようになったか、と。これまでやってきた教材を、ぱらぱらっとめくってみるだけでもいい。以前は実に距離感のあったものが、今ではなじみというか、かつて知りたるというか、身近に感じることはないだろうか。それも、確かな成長の跡である。

 

よくある過ちだが、人は、自分ができることは空気のように当たり前に考えるきらいがある。当の本人ができるようになるまでは、相応の苦労、努力、練習や訓練があったのに、できるようになってからは、そんなこと、一切がなかったかのように感じてしまう。辛いことや苦しいことは、速やかに忘れる我々である。よくよくと振り返えみれば、スタートしたときと比べて、明らかに、何かしらはできるようになっているのである。

 

低調の逆の好調にも、同じことがいえる。好調の後には不調あり。すらすらと、ばりばりと、どんどんとできるときには、気をつけなければならない。(不調が来るな)と、予感をしておかないといけない。やる気はダウンし、理解や記憶の度合いも低下、頭の回転も吸収量も減るだろうと、心で構えておく。

 

また、好調時の自分を、本当の自分の力だと考えてはいけない。それは、過信というか錯誤というか、実際は、力がついたというよりも、単に上り調子に入っただけなのである。登山中、上り坂がなだらかになって登るのが楽になったからといって、脚力が身についたわけではないのと同じ理屈である。好調をもって以後の勉強を見ていくと、現実と理想の齟齬に大いに苦しむことになる。そんなに急に、多くのことが質よく為せるわけがない。

 

勉強というのは、世の中のことでも珍しく、払った努力がストレートに現われる。しかし、だからといって、ストレートに伸びるわけでも、右肩上がりに実力が付くわけでもない。上がったり下がったり、ときに横ばいを続けるのが我々である。常に右肩上がりなんて妄想の類である。限界や天井に到達すれば、我々の意思や希望に関係なく、自然と落ちる。上がれば下がるという小学生でもわかることを無視するか、わかろうとしないから、スランプや不調が長引いたり、気持ちや時間を余分に消耗してしまったりする。下手をしたら、事態をさらに悪化させてしまう。

 

実力がいくら伸びに伸びても、そのときの限界が来れば落ちるのみである。こんな風に前もって考えておけば、(あれ、おかしいな)と思うようになっても、淡々と身を処すことができるだろう。上がれば下がるし、下がれば上がる。しかし、やることをやってさえいれば、全体的に力は付いていく。こうした事情があるから、勉強の肝が継続なのである。もともと、自然と下がって自然と上がるのだから、そういう自分の仕組みを信じるだけである。

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