したり顔をしてるけど

 合格者の中には、したり顔をした者やしたり発言をする人がいる。どうしてだろうか。原因として考えられるものは、記憶のメカニズムにあるように思われる。

 まず、記憶の特徴は、脆いという点である。試験勉強をする者なら身につまされるものがあるが、記憶というのは当の本人が思う以上に曖昧で、知らないところで勝手な書き換えや意味の取り違いが起こる。ド忘れなど日常茶飯事だ。

 記憶の有名な話では、交通事故の目撃情報である。事故現場の聞き込みをしてみると、車の色ですら人によって違ってくる。色ですら間違うのであれば、車種やその他のこまごまとしたことも違ってくるだろう。しかし、当の本人には、そのように見えていたわけで、記憶というのは、かなり脆いのである。

 記憶は曖昧で不確かなものではあるが、だからこそ、わたしたちは生きていられる。わたしたちは、苦しいことや悲しいことを速やかに忘れる。喉元過ぎれば熱さ忘れるの態である。逆に、楽しかったことや嬉しかったことは美化されて、いつまでも残る。一人寂しい夜などは、記憶に浸るだけでも結構慰められるものである。人体の持つ不思議な機能というか、よくできた防衛機制というか、良かれ悪しかれ、わたしたちの記憶はこのようになっているのである。

 ところで、合格という結果が生じるには、何かしらの原因がある。寝たい・休みたい・サボりたいのを我慢したといった苦労、やりたいことをやらずに励んだといった代償、読解や問題演習といった数々の努力が合格の因子である。合格するには、それなりの努力と苦労を味わねばならないし、それなりの受難を受ける。

 だから、とでもいおうか、合格の原因となった事ごとは、記憶のメカニズムに従って速やかに薄れていくのである。そして、何だかそんなに苦労せずに合格した「気」になって来て、合格という2文字だけが独り歩きするようになるのである。

 もちろん、そんな「気」になるだけである。試験は基本、選抜のために行われる。合格率が3割4割どころでなく、5割6割が受かるような形式的な試験なら、運や一夜漬けで何とかなるだろうが、合格率が10%を切る難しい試験となれば、努力した者から勝っていく世界であり、それなりの代償を支払わねば合格は覚束ない。合格した人は、このあたりの機微を身をもって知っているはずである。

 簡単だった「気」のする人でも、よくよく試験勉強の当時のことを思い出せば、そんなわけではないことは知っている。いま手にしている合格証書を破棄し、「もう一度やってみるか?」と言われたら、ほとんどの合格者は御免被るであろう。簡単ならできるはず、なのに。

 彼や彼女達は、つらかったが故に当時の苦労を記憶の奥に引っ込めているだけであり、心底では、自分がやってきたことと、どれだけ自分を追い込んだかを憶えているのである。ただ、記憶のメカニズムが、今を生きるために、今の眼前の問題に対処するために、当時の苦労や努力を忘れさせ、そういう「気」にさせているだけなのだ。今を生きるのに背負うものは、本当に大事なことだけでいい。

 時折ごくまれに、何の苦労らしい苦労もせずに合格する、試験の才能のある人もいる。しかし、個人的ではあるが、そんな才能は欲しくないのが本音のところである。神様に、「どんな試験でも勝つ才能はいるかい?」といわれたら、別の、たとえば、芸術や美術、音楽や工芸、格闘技やスポーツ、経営の才や発明の能といったものをください、と答える。

 試験の才能など、才能の部類からいえば3流の才である。逆を言えば、試験の才などは、貧乏くじを引いたようなもの。穏当な努力を払えば誰でも形になる試験に、才能は必要ではない。

 わたしたちは、したり顔を目にしたり、したり発言を見聞きしても、真に受けてはならないし、心を動かしてはいけない。それらが気になるのは、わたしたちが未熟な証であり、受け手であるわたしたちの問題なのである。人間についての考察不足であり、他者に対する配慮の欠如なのである。怒りや嫉妬はどの時代でも我が身を滅ぼすのみである。

 常識的に、わたしたち自身がこれまで何度も体験してきた記憶のメカニズムを辿ってみれば、彼なり彼女がそういう表情をし、そうした発言をするに到る代償の軽重に行き着く。わたしたちは、彼らが払った代償の大きさこそ見出すべきである。そして、彼らの容量を量るべきなのである。人には持って生まれた器があるという。ある人にとっては別段、口に出さずに済むことでも、また、我慢のできることでも、もとから容量が小さくて器量が狭く、大きくする努力を怠ってきた人なら、豆粒大のことでも無節制に騒ぎ立てるだろう。合格は、わたしたちの徳までも保障するものではないのである。愚者は森の中にいても自滅するという。賢者は街の喧騒の中でも穏やかだ、と古人は言った。

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