本当か勉強好き

 少し耳を疑うが、勉強が好きと広言する人がいる。本当だろうか。

 まず、主語が曖昧であるように思える。我々の大半は勉強の先にあるものを求めて勉強する。受験なら志望校や学歴を、資格試験や各種試験なら才能や知識を有する証明や成績証明、合格証書を求めて勉強する。勉強とは求めているものを得る手段なのである。我々は勉強の先のものを好ましく思い、欲しい一念から勉強するわけで、勉強が好きだからやっているわけではない。もし勉強以外の手段があるなら、例えば、レポート100枚とか指定講習の受講があるなら、我々はそれら代替手段と勉強との比較をするだろう。

 ○○の勉強が好きという言い方となれば、言葉の意味はよくわかるが、だからといって、その人は○○が好きであって、勉強そのものが好きなわけではない。考えてみれば、勉強が好きという言自体、何を言っているのか説明できていないのである。好きな食べ物は?という質問に対し、食料と答えるようなものである。

 また、勉強が好きというような「好き」が成立するのか疑問である。好きという言葉の対象は、5感で感じられるものではないだろうか。好きなものとは、目で見て、匂いを愛で、口で味わえ、耳で聞き、触れることができるものが対象ではないか。勉強は5感を使うけれども、見ているのは教材だし、鼻は使わない。それ自体は喋らない。当然だが食べられない。触っても紙質のみ。これでどう好きになるというのだろうか。よくわからない。

 勉強が好きとは、もしかしたら勉強を物ではなく動作の意味で言っているかもしれない。散歩が好き、走るのが好き、泳ぐのが好きなどである。しかし、勉強というのは、机の前にじっと座るのが大半の動作である。そこにどんな好ましい動作が含まれているのだろう。動作の意味でもよくわからない。

 そもそも、好きという言葉は、勉強になじまないように思う。酒好きの人・甘い物好きの人ならわかるだろうが、好物を目の前にした人というのは、実によい顔をする。目の前の好物に心が奪われ無心で嬉しげである。こちらまでほおが緩むそんな顔つきをする。しかめっ面もどこかに行き「ウヒヒ」と心底喜んでいる。一度、酒好きの酒を飲む瞬間を、甘い物好きの甘物を食べる一瞬をまじまじと観察すべきである。この上なく人の良さを感じる事ができるだろう。好物を前にした人を見れば性善説も頷ける。

しかし、勉強はこうした現象が生じるのだろうか。勉強好きの人は笑みを浮かべながら勉強しているのだろうか。待ち遠しいのだろうか。わたしは、そのように勉強する自分を全く想像できない。

 「勉強が好き」というのが成立するのは、ひとつは、全く個人的な趣味を吐露した場合と、世の楽しい事や嬉しい事を知らず、好みの幅がとても狭い場合であるかと思う。人には他人から窺い知れない趣味がある。我々自身もそうである。勉強好きというのは個人的な趣味であって、蓼食う虫も好き好きなわけだ。ならば、我々は他人の趣味に口出しすべきではないし、当の本人も個人的過ぎる狭い趣味を広言すべきではなかろう。個人的な趣味を聞かされるのは、関心のない身にたまったものではない。親や先生にこびる子供であるまいし、単に個人的趣味である勉強好きを広言するのはいかがなものか。次に、勉強好きと言う人は、他に好ましいものがあるのを知らない故に好きなのである。その他諸々の楽しい事を憶えれば即座に好みは変化しよう。一過性でありまじめに捉える必要はない。

 勉強は面白くはある。全く知らなかった言葉の世界に飛び込み、用語や語句に翻弄されつつもその海を泳ぎ切る。記憶や知識を整理・整頓し概念や理論・理屈をいっぱしに使いこなせるようになったときは楽しくもあるし面白い。自信も付くし少し賢くなった気もする。面白く「は」あるのだ。しかし、その面白みを得るには、面倒くさいこともやらねばならないし、しんどくてつらい。試験で落ちる不安、これまでの努力が水泡に帰す恐怖とも戦わねばならない。面白いが即、好きになるわけではない。実際のところ、勉強が好きなのかと言われたら返答に詰まるものである。

 二者択一で好きか嫌いかどちらかと問われたら、わたしは嫌いである。甘納豆の方が好きとしか言いようがない。勉強と甘納豆のどちらを無人島に持っていくかと考えれば、断然甘納豆である。比較の上では勉強は嫌いにならざるを得ない。好きでもあり嫌いである、両者のせめぎ合いが勉強の本当のところだろう。どちらに割り切っても心は納得できない。逆にいうなら、そういった割り切れないものこそ、当人にとって本当に大切で価値のあるものではないかと思う。本当に大切なものは割り切れない。なのに、好きとだけ言って憚らないのは、知性のない証拠ではないだろうか。勉強は賢くなるためのものであるが、勉強好きの勉強はそれに少しも貢献してないように思う。

ページの先頭に戻る ホームに戻る

 

 
         
コラム一覧でございます
過年度の古きコラムでございます
    
当サイトに掲載している情報は、当サイトがその内容を必ずしも保証するものではありません。 情報の活用は利用者各自の責任の範囲内でお願いいたします。すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

----- Copyright (C) 独学のオキテ?くらげ (:]ミ All rights reserved -----