ゆっくりと急ぐ

 「兵は神速を尊ぶ、巧遅を待たず」と言う。先手必勝。戦は先手を取るのが大切であって、どれほど上手に兵を動かせようとも機会を逸せば意味はない。試験勉強においても、同様の事情ではある。試験勉強の序盤では兎に角、先へ先へ進むことが大事である。ちんたらテキストなど読んでいられない。ざざっと目を通して最後まで読んでしまう。理解や記憶が不十分でも取り敢えず問題を解く。スピード重視でどんどん進める。

 理由は、試験の全体像を掴むためである。試験勉強の序盤では、何が頻出で何が重要なのか、そのあたりの事情が全くわからない。教養や知識を得るものではない試験勉強では、試験で問われないことに一生懸命となってはいけない。だからまずは、試験がどういうものなのか、何を勉強していくのか、この先に何と何があるのかといった試験に関することを知らなければならない。故に、速度重視で最後までやり切ってしまうのである。曲りなりでもやり切れば、当初の何倍の視野が開ける。重要かそうでないかも、多少は区別が付くようになる。頻出事項や重要事項が明らかになって丁寧に手がけても全く遅くはない。スピードを重視した勉強の方が、個々に拘泥するよりも効率的なのである。

 しかし、正反対の言もある。「完璧にやってこそ、早くやったことになる」という言である。確かに言われて見ればそうである。まずい料理を素早く作られても本当に困る。1つ1つの手順をおざなりにされた仕事などロスの塊である。未完成なものをいくら素早く作っても、未完成品には変わりがない。ゼロには何かを掛けてもゼロである。ならば、時間をかけ最初から完璧なものを作る方が最終的には早くなる、というわけである。

 試験勉強にも同様のことが言える。ある科目、ある単元、ある節の内容の中には、ひとつたりとも揺るがせにはしてはならないものがある。先々のことを理解するうえで土台となる知識がそうである。例えば、簿記の仕分原則や情報処理の乗数計算などである。試験には「これ」というものを知っていなかったり、曖昧にしか理解してなかったりすると、以降の勉強がさっぱりわからなくなったり、全く点数が取れなくなったりすることがある。

 基礎や基本といわれるものがそうである。これらの手を抜くと必ず後でやり直す羽目になるし、やり直すまでは砂を噛むような実効性のない勉強となってしまう。後々の支障のほうが大きいため、基礎や基本は腰を落ち着けてゆっくりと、完全な理解と把握に到るまで取り組まねばならないわけである。遅い歩みでも、最初からキッチリ手がけた方が、最終的には早くなるわけである。兎と亀の亀の理屈である。

 さて、これらふたつのことをまとめてみると、矛盾した結論に到る。スピード重視もいいが、ゆっくりと時間をかけるのもいいわけである。この矛盾をどうしたらいいのだろうか。

 我々は、この矛盾を矛盾として解決するよりも、両者に等しく価値を見出す方がよいように思われる。素早く大雑把にやるのがよいときもあれば、ゆっくり時間をかけて仕上げていった方がよい場合もある。どちらか片方のみが正しいのではない。全てに素早く大雑把に済ませるやり方が適うわけでもないし、全てをゆっくり丁寧にやればいいわけでもない。我々は、ゆっくり急ぐという、第3の道もあるのである。

 ただこの第3の道は、難しい道でもある。というのも、時間をかけるべきものにはゆっくりと、さっさと済ませてしまうべきものには手早くというように、「べき」の判断が必要になってくるからである。正しくて誤りのない判断は、全体と部分それぞれを精通した者のみに限られよう。しかし、この問題については、特別に問題視する必要はないように思う。我々は常に正しい判断をしなければならない立場ではないからである。間違っても構わない気楽な立場であり、過ちと失敗のリスクを覚悟すればよいだけである。しかし、このリスクは、従来の間違った方法をそのまま執り続けるリスクと比べれば、遥かにまともであるように思える。

 第3の道が難しいのは、自ら利害の凌ぎあう現状を把握し、自分のすべきことを引き受けねばならない点である。素早く大雑把にやれば早く終わるけれども、理解や記憶の不足した未完成の部分で手痛い目に遭う事も当然考えられる。ゆっくりと確実にやっていくなら、それ相応量の時間と作業が求められてくる。未完成の部分を埋めるために、また個々を確実に仕上げていくために、何十何百もの練習や地道で気の遠くなる作業が必要になるときがあろう。しかし、この「べき」ことを無視したり過小に評価したり、「べき」ことを嫌がって距離を取っていてはいつまでも力は付いていかない。事実を素直に認め受け止めるには勇気がいる。ゆっくり急ぐには、素直さと勇気の徳が求められるのである。難しい。

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