レベルアップの本当は

 成長することを「レベルアップする」などという。しかし、それは本当のところ、何を言っているのだろうか。

 「レベルアップ」という言葉の背景には、コンピューターゲームの1ジャンルであるRPG(ロールプレイングゲーム)の存在がある。RPGとは、その言葉の通りに、ロール(役割)をプレイ(演じて)楽しむゲームである。かつての小説の1分野であったビルドゥングスロマンのコンピューターゲーム版と言える。ゲーム内の主人公たちの成長を自分に準えることができるので、若年層に強い支持のあるゲームジャンルである。

 遊びの担い手は物語の主人公とその仲間を操作し、動物図鑑や植物図鑑の生き物に手が加わった漫画風の敵を倒しながら、話の筋を巡っていく。このとき、主人公たちは敵との戦いで逞しく成長することになっている。たとえば、ちからやかしこさが5ポイントあがったり、新しい技を憶えたりする。こうした能力面・技術的な成長を、ゲーム上では「レベルアップ」と総称している。

 レベルアップの原資となるのが経験値という値である。RPGに慣れ親しんだ世代にとっては、経験値を貯めレベルアップする現象は当たり前に感じるだろうが、よくよく考えてみれば、経験値によるレベルアップとは返答に困る現実味のない現象である。

 まず、レベルアップの前提となる「経験値」が抽象的過ぎる。経験値とは、経験したことを数字化したものであるが、大いに抽象化のプロセスを経たものである。たとえば、しいたけの化け物との戦闘に勝てば、ゲーム上では経験値を得ることになるが、そこにはいったい何が起きたのであろうか。

 現実的な戦闘を仮定してみれば、しいたけとの戦いでは、剣を振ったり敵の攻撃を避けたりしたであろう。そして、戦いの中で剣のグリップの度合いや手首の返し方、足裁きや合理的な重心の移動方法、鎧・盾類の防護具の使用方法から、敵意に屈しないメンタルタフネスや心の練り方、敵の急所についての知識、解剖学的見識、武器学的知識(武器・防具の原材料や素材への知識)を新たに得たであろう。

 経験値とは、戦いの過程によって得られたであろう諸々の現象・知覚・発見を、経験という1つの概念に演繹して、最上位の抽象的概念である数字で抽出したものなのである。数字化する理由はゲームの都合による。しいたけとの戦闘の度に、『○○(プレイヤー名)は、剣刃の構造を理解した、切りつける際の角度にヒントを得た、拇指球に重心を置く足裁きが上手になった、重い鎧を身に付けても3分は戦闘態勢が取れるようになった。。。(以下略)』などの文言が続いたら遊びではなくなる。ゲームにおいては、膨大な現実的事象を逐一述べるわけにはいかないのである。

 「経験値5ポイント獲得した」なる語句は、有象無象の成長現象を高度に抽象化して、数字で抽出した合理的表記なのである。経験値とはゲーム上の都合から現実の経験をばっさり抽象化した産物であり、現実感がないのも無理はないのである。

 現実感がないといえば、レベルアップも同様である。ゲーム上では、レベルが上がるとちからやかしこさが数ポイント上昇するが、そのポイントとは一体何を意味するのか。ちからが3ポイント上がれば、3キログラム余計に重いものが持てるようになるのだろうか。かしこさが上がれば未来が予見できるようになるのだろうか。意味するところがよくわからない。また、戦闘後に急に成長するのも不可思議な現象である。戦闘後に急にこれまでは持てなかった重さのものが持てるようになるのだろうか。現実的にそんなことはない。筋肉や知識・知恵、技術の成長はなだらかな線を描くものである。

 とはいえども、ゲーム上の都合から諸々の成長を逐一、プレイヤーに報告するわけにもいかない。であるから、成長をレベルアップというひとつの概念と機会にまとめたのである。レベルアップなる成長概念が現実遊離するのも止むを得ない。

 しかしながら、経験値及びレベルアップの概念は現実から遊離しているため無意味であるかといえばそうでもない。これらふたつの概念には、成長のひとつの真理が含まれている。それは、「数と量こそ人を成長させる」という真理である。

 レベルアップするには、それこそ何千もの戦闘を繰り返し万に匹敵する敵と戦って経験値を稼がねばならない。1匹・2匹の敵と戦えば成長するものではなく、膨大な数のしいたけを倒さねばならぬ。そして、数と量に裏づけされた成長は、あたかもゲーム上のレベルアップの如く、あるときを境に従来とは断絶した大きな成長を人にもたらす。それは成長というよりも、飛躍といってよい成長ぶりである。

 経験値でレベルアップという概念は、過度に抽象化されて現実離れしたものである。しかしながら、人の成長の真理である「数と量こそ人を成長させる」世界を、これほど鮮やかに体現しているものもない。再度言う、数と量を欠かして人の成長はない。

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