意見ひとつで恥を掻き

 意見ほど安いものはない。品質は省みられることなく、無責任で、いくらでも量産される。しかし、意見の全てが無駄であるとは言い切れない。発言者の意図がどうであれ、的を得ていることもあるからである。では、意見の良否を判断し、受け入れるか無視するかを決めるにはどうしたらいいのだろうか。

 ひとつは、発言者がどのような人なのかをきちんと調べてみることである。たとえば、幾何学の第一人者が述べる数学なり幾何なりの意見は、精度の高い意見であるだろう。また、幾何の研究を通して語られる社会批評やエッセイの類も傾聴に値しよう。しかし、彼が美しさについて、たとえば、絵画食器工芸の美について語ったとしたらどうであろうか。この食器の模様はとか、色彩の具合は云々と薀蓄を語られても、先ほどのようにはその言に信用は置けないだろう。いくら美に一言があろうとも、正式な晩餐やお食事会のテーブルセッティングを彼に委ねる人は居ない。彼は優れた数学者であって、優れた審美家ではないからである。

 どのような人がどのようなことを言っているか、それをしっかり調べてみることで、その意見を扱い方に明白な道筋ができあがるわけである。このことは、日常の処世にも使える。心にもない一言に傷つきそうになったときは、言のみを扱おうとするのではなく、発言者を含めて吟味してみるのである。

 センスがないと言われても、情報誌から飛び出てきたような人に言われたのであれば、センスがないからおしゃれをしないわけで、自らセンスがないことを知っているだけでも賢明であると考えることができよう。センスなき発言を口に許す人はセンスがあるのかということもできよう。仕事のできない人に、仕事ができないといわれても気にすることはない。類は友を呼ぶ、目くそ鼻くそというではないか!と思えば溜飲も下がろう。容姿について言われても、絶世の美女に言われるならまだしも、クラスに一人くらいは居る器量良しだが全国大会には到底行けそうにない人に言われても、四捨五入で同じくらいと笑い飛ばせばよい。

 しかし、自分がそうと認めている人から、言われたことについては話が別である。センスがあると思っている人にセンスが無いねえと言われれば、やはり大きく欠けているところがあるのだろう。仕事ができる憧れの人に仕事ができないねえと言われれば、得てして事実を突いていよう。言われたこちらとしても、相応の理由をもってそれらの意見の諾否を決め、糧としていかねばなるまい。このように、発言者に相応の資格があればまだしも、言い手にふさわしくない発言をしたときは、右から左へ、前から後ろへ、脳みそのしわひとつに引っ掛けることなく素通りさせれば良いのである。

 とはいえ、何気のない一言、何ともない意見がぐさりと真実を突くこともある。たとえば、「始めるには終わらせねばならない」「終わるから始まる」などなどの言である。また、古人はこうも言っている。「愚者は人で選び、賢者は言で選ぶ」と。しかしながら、我々は完全な賢者でもなければ、完全な愚者でもない。いうなれば、中間に位置するものである。

 賢者でもないのに賢者の振りをするのは愚者のもう一段下の愚かさである。賢者の真似をして言のみで判断しようとも、海の砂の如くある意見の中から賢明なもののみを選び出すのは、至極困難であろう。得てして、更なる愚者は言を探すのに費やした時間や労力を惜しむあまり、石ころを宝石と言い出す始末なのである。平均的な我々は、やはり、言と人との両面から、意見というものを吟味して行くのが賢明であると思われるのである。

 しかしながら、こうしたことは、他人の言のみならず、我々自身の言にも当てはまることを忘れてはならないだろう。我々はどういう身分で、どういう立場で、そして、何を知っていての言であるかを肝に銘じ、それらをはっきり知っておかねばならない。我々が他者の意見を、その言と人と為りで判断するのであれば、他者も我々の意見を同じように、我々の人ととなりと言で量ってくる。言と人となりが一致しない人物を我々は軽蔑するように、一致しなければ同じように、他人も我々を哂うであろう。わかったようなことを、言ったようなことを述べていないか、いま一度、慎重に点検してみることは損ではない。

 我々は、得てして他人の意見よりも、己の言によって騙されるものである。そして、他人の受け売りなのに自分の意見と見做すから下手を打つのである。もっともらしい意見、わかったような意見、知ったような意見に身を委ねる価値はない。真実を希求する姿勢の中でこそ、我々が求めているものを見出せるのではないだろうか。真実に近づこうとしなければ、真実らしくも語ることもできないと、古人は2,000年も前に言っている。

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