今日はあきらめてみる

あきらめるな、とよくいわれる。そのためか、あきらめないことが美徳で、あきらめることには、何か罪のようなものを感じてしまう。しかし、それは本当に正しいことだろうか。

確かに、あきらめないことは物事を為す上での、重要な方法のひとつである。セールスは断られてからというし、あともう少しPUSHがあれば相手の要求に応えていたという経験を誰しも持っているのではないだろうか。処世訓にも、「夜明け前が一番暗い」「峠は頂上付近が最もきつい」といわれている。あきらめずにあともう少しがんばれば展望が開けるし、そこであきらめずに先に進めば楽になる、ということを喩えているわけである。一理はある。

とはいえ、一方で、諦めが肝腎とも、引き際が大切とも言われている。たとえば、かの児童漫画家の藤子・F・不二雄は、初日の初出勤で仕事をやめ、漫画の道に進んだ。もし、彼が仕事をあきらめずに続けていたら、我々の少年時代はもっとつまらないものになっていただろう。こうした例は、いくらでも挙げることができる。昔、振られた人に再会してみたらごく普通の人だった、今の配偶者でよかったわなんてことは誰しも持つ経験である。あのとき、さっぱり忘れたからこそ、新しい縁が舞い込んだというわけである。

我々は、あきらめるという言葉には、最初に述べた完全にやめる、放棄する、断念するという意味の他にもうひとつ、思い切るという意味のあることを確認した。思い切るとはその字の如く、自分の思いを断ち切ることである。あきらめるには、2系統の意味があるわけである。

では、我々は、このふたつの意味を有する「あきらめる」をどう考えたらいいのだろうか。あきらめることは良いことでもあるし、悪いことでもある。我々は、どういう場合に良くて悪いのか、どのような基準や場合わけを打ち立てることができるだろうか。

しかしながら、そんなことを考えてみても、あまりに呆漠としてはっきりといえないことに気付く。たとえば、相手がこうした表情をしたり仕草をしたりした場合には、あきらめずに商談やら話を無理やり続けよといったとしても、そんなものは当の本人たちの事情が千差万別な以上は無意味すぎることである。人は多く、考えていることの逆の表情をするものである。愛を告白された人は実に困ったような顔をするではないか。

こうしたらあきらめよとか、こういう場合にはあきらめないということを綿々とリストアップしても、こうした曖昧で不確かなものは箸にも棒にも役には立たないだろう。しかしながら、こうした情報は巷に溢れかえっているが故に、なにやら効果がある気がしないでもない。とはいえ、たとえ、それらにどれほどの心理学的な解釈がされていようが、曖昧で確かでないことで己の行動を律するのは愚かであるように思う。心理学的な説明を求める心理こそ、心理学的に解釈すべきであろう。

我々は賢明であることを望んでいる。ならば、どちらかのみを選ぶような二者択一ではなく、あきらめる・あきらめないという双方の価値を活かすように欲張るべきではないかと考える。では、欲張って両者から利を引き出すには、どうしたらよいだろうか。

それには、「今日は」といったような、制限を設けることである。たとえば、「今日だけはあきらめない」とか、「今日はあきらめよう」といった風である。「今日は」という言葉がつくだけでも、あきらめないという言葉につきまとう重々しさを和らげることができる。未来永劫とは行かないまでも、あきらめずに数ヶ月、半年、1年先まで続けねばならないかと思うと、気は重くなるばかりである。しかし、毎日、「今日は」と付けてみれば、多少騙されている気もしないではないが、気も軽く実質的に続けることができるものである。いつでもやめられることに気付くとき、人は気楽になるものだ。

ちなみに、この「今日は」は、3日でも、1週間でも、1ヶ月でも何でもよい。つまりは、一時的にまたは一定の期間、あきらめたりあきらめなかったりすれば良いわけである。(あきらめてはいけない)と過度に思っているなら、ときに、今日はあきらめてみるのである。これは、休憩や休息の類ではなく、今日という時間だけは完全に放棄し断念し停止する。何かをあきらめてしまったのであれば、再び今日だけ、もっといえば、今日の30分、今日の晩の9時から9時半までの30分だけ、あきらめないようにする。

握ったこぶしでは何もつかめないし、目が近づき過ぎれば何も見えなくなってしまう。一時的にあきらめ・あきらめないことで、従来には見えなかったことが見え、良い発想やアイデアのほか、ここがダメだった、こうしたからよくなかったという改善・課題点を得ることができるのである。そうこうして、我々は、間を取るという、昔から使われている便利な言葉を知っていることに気付くのである。青い鳥は、やはり、身近にある。

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