本試験

受験生にとって大切な日は、本試験その日である。この点について異論は無きように思う。では、本試験の日が最も大事な日なら、本試験に近い日はどうなるだろうか。たとえば、試験1ヶ月前の直前期や試験1週間前の日である。試験を経験した人であれば、本試験に近い日も、本試験日に負けず劣らず重要な日であることがわかっているだろう。本試験に近い日の過ごし方で、合格の席は大いに入れ替わる。

では、逆はどうだろうか。本試験に近い日が重要なら、本試験から遠い日はどうなるのか、というわけである。ご推察の通り、本試験当日から遠く離れるに従って、その日の重要性は薄れていく。本試験が8ヶ月も先にあるのなら、1日や2日は勉強をさぼってもそれほど大差はない。試験1週間前の1日に比べれば、結婚前後の言葉使いくらいの違いがある。何時の間にやら「おい」となり、である。

独学の方法論は、かいつまんでいえば、焦らずに気楽に構え、目の前のことをしっかり消化していくことである。なぜかというと、受験勉強の期間のうち、大半はそれほど重要な日ではないからである。がんばるべき日にがんばるべきであり、そうでない日は、それほど根は詰めない。本試験はまだまだ先なのに、がんばりにがんばっても、試験勉強の放棄という地獄の釜の蓋が開くだけである。とはいえ、いくら本試験の日が先にあるからといっても、光陰矢の如し、時は待ってくれないものである。新入社員がいつの間にか己の地位を脅かすのと同様に、あっという間に審判の日は来るものである。

しかしながら、本試験その日が大事といわれても、よくよく考えてみればそうでもない。確かに、本試験日は、わたしたちの合格と不合格を分ける重大な日ではある。とはいえ、本試験の当日に脳がはちきれんばかりに気合を入れても、試験の結果は予め決まっているものである。本試験の日にどれだけがんばっても、そう大差はない。受験生の大半はがんばりにがんばるだろうから、いくら通常の倍がんばったとしても。実力の差を埋めるには足りないであろう。

実のところ、試験の合否は、本試験日以前の段階で決まっている。実力・勉強時間ともに十分で、合格しそうな人は穏当に合格するし、(こらだめだ)と一目で思ってしまうオーラの持ち主は、やっぱり不合格になるものである。そう考えると、本試験という日は、合否を分ける大事な日ではあるが、それほど重要性に根拠があるものではないと考えられる。

では、本試験のその日よりも、本試験前1ヶ月や1週間前の日の方が重要なのか、というとそうでもない。本試験その日の重要性は、それらの日を圧倒している。それでは、本試験という日の何が重要なのであろうか。結論からいうと、本試験では、唯一無二の経験ができる点である。経験の純度は、日々の試験勉強や模試の類を遥かに超えており、経験の質と量が頭ひとつ飛び抜けている。

本試験の問題は、いうならば、その時点で最新の過去問である。独学では過去問演習を重視しているが、なぜかというと、過去問それ自体が良問だからである。良問の演習こそ実力を伸ばす。そして、本試験時の集中度や緊張の度合いも深く、実に良い状態で演習に臨むことができる。後になって、自分の受けた年度の試験問題は憶えているくらい集中して問題を解くのである。緊張と集中した良問の演習がさらに実力を進化させる。また、体験することも多く、その深さも深い。身をもって知るというが、まさに、百のアドバイスよりも実地の体験である。これまで受けてきた諸々の助言が結晶化して血肉と化すのが、実は本試験そのときなのである。受験生が真に合格者となるのは、本試験の経験があるからである。合格体験記の言葉の節々に自信が溢れているのは、本試験という紛れもない確かな経験があるからこそなのである。

百聞は一見に如かずというが、実際に目にしたからといって、すべてが正しくて確かなものではない。隣で寝ている人の顔を見れば氷解するであろう。では、百見すればよいかというとそうでもなく、賢者の言を一聞するだけで、すっと理解に及ぶこともある。我々が接しているものは、案外に不確かなものなのである。本当に、船頭多くして船は山を登る。規制を緩和して我々の生活は良くなったのであろうか。

不誠実と不確実さの溢れるなかで、本試験での経験は、確かな経験を積める場である。試験勉強の多くは受験後に消えていくが、本試験で経験したことは、形を変えて綿々と残っていく。プレッシャーへの対処、冷静さ、事前準備の大切さ、緻密に考える、計画性、粘りといった諸々は、確かに試験後の生活に現れてくる。試験というのは結果でしか語れないが、人生の多くは、その過程こそ問われている。経験を最大に利用するべく、思い出しては活かしてほしい。受験料は、経験の対価としては実に安いお値打ち価格なのである。

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