動機について

試験勉強には動機が必要という。そうだろうか。そもそも動機とはなんだろうか。動機という言葉が使われるのは、サスペンス読み物やミステリ小説である。動機といえば人殺し−「彼には動機がない」という台詞である。進行役の刑事役、探偵助手の定番の文句となっている。日常の謎作家である北村薫氏は「殺人は難しい」という。そう、説得力ある動機をもつ登場人物を書くのは至難の技、プロの技術を以ってしても困難なのである。

納得の行く動機を持った人物を書き上げるのは、ムズカシい。佳作の小説を読めば実によくわかる。脚本が練られていないB級ドラマや映画を見れば実によくわかる。唐突な動機でストーリーが始まり、そして終わる作品には、鑑賞後にスカ感を覚える。登場人物にしっかりした動機がないと、えてしてこうなる。「動機」は、人物を活かし殺す、最重要の肉付け要素なのである。

試験勉強と動機の関係に戻ろう。勉強への動機を持つのは、同様に難しいと考える。飴とムチというが、実際に誰かが金をくれるわけではないし、ぶたれるわけでもない。もし、受験勉強に動機が必要なら、魅力的な動機を持つことができるかどうかが、成功と失敗の分かれ目になろう。しかし、プロの作家でさえ、動機を考え付くのは難しいのである。一般的に動機付けといっても失敗に終わるのは、プロ級の技をもってしか、魅力的で説得力のある、実効性を含む動機を書き上げることができないからである。

それでも世は動機を見つけたがる。動機を見つけるには、自己分析をすればよいという。自己分析をすれば、あたかも動機が生まれるかのような風がある。

はっきりいえば、自己分析は、表紙によって変わる。自己分析はブームである。どういう目的で分析するかで、でてくる分析結果が変わる。であるから、らっきょの皮のようにいくらでも解釈が生まれるのである。どんなことでも理屈はつけられるのである。亭主の稼ぎが悪いのも、妻の気配り皆無なのも、すべてをなんとでもいえる。

われわれが勉強を続けるには、反省が必要と考える。自己分析ではない。反省ならサルでもできるが、自己分析よりましである。サルですらやらないのが、自己分析だからである。自己分析・自己批判の類は、いかがわしくてしかたがない。精神分析ですら、ベッドに横になりやさしく話を聞いてもらう、対面して話し合う。禅では、お師さんから考案を貰う。ウンウン考える、姿勢をしゃんとして答えをいう。ひしゃくで殴られる。

分析には、コミュニケーションが前提にある。しかして、昨今の自己分析の多くは、自分でやるかのように語られる。素人が手を出せば、無明無道である。仏さんですら、ブラフマンからの啓示、ヤタラとの会話で悟ったのである (念のため、手塚治虫のブッダですよ。) 。神さんですら、悪魔との話し合いで悟りを得た。どうしてわれわれが、ただ独り、自己分析をなしえようか、というわけである。

なんとでも変わる自己分析を、続けてどうするのか。完全に否定するものではない。自己分析は年に1回くらいでよい。正月にやればよい。数ある自己分析の結果や結論は、世の風潮、流行ブームに則ったものであると知っておくべきである。自己分析の情報は、いくらでもたまる。情報は集まれば集まるほど錯綜する。しかしてますます混乱する。混乱を整理するために時がまた必要とされ、時が過ぎ去る。

自己分析の罠に陥るよりかは、サルでもできる反省のほうがよい。反省はまだ具体的である。テレビを見た、見ないようにするにはどうすれば。リモコンを触らない、よいしょといってソファ座らない、リビングに向かわない。夜遅くにご飯を食べて太った、食べないには。コンビニによらない、店屋物を頼まない、ラーメンを買い置きしない、低カロリー食品と水を買い置く。

人は習慣の動物という。いわば、条件の動物、環境の動物なのである。あればやるのだ。お菓子はあれば食べるのだ、お酒があれば飲むのだ、ある限り。

行動を変えるには、条件を変えればよい。勉強を続けるには、続ける事を阻害する要因を除けばよい。それには、具体的で細かな対策の取れる反省こそ、行動を変えるものであろう。嫁や亭主を変えるよりかは楽であろう。親は変えられない、上司も選びにくい、部下にいたっては災難である。こんなに簡単な事はない。変えられないことはたくさんある。

古人は、自由にできることなど小指の先ほどもない、といった。ならば、目の前のことだけなら少しはできるのである。小指の先でできることから、条件と環境、そして行動を変えていけばよい。たいそうな動機や自己分析など犬に食わせておけばよい。犬も食わないだろう。えてして、「動機」云々の言葉を見たら、その本を窓から投げ捨てるがよい。空理空論は空気である。犬が食えないのはそういうわけである。音もしないで落ちていくだろう。

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