実りは後からやってくる

 以前は週2のペースで通っていた本屋に、足が向かわなくなった。煽るような本が増えてか、本屋に行くと疲れるのである。しかし、古本屋には足繁く通っている。新刊書とは逆に、岩波の古本ばかりが増えている。人間が古くなったからか、本も古いのがしっくりくる。

 書店には、たくさんの入門本やガイドブックが棚いっぱいに並び続けている。需要があるから売れるのだろうが、すぐに消えて行く。やはり、役に立たないからだろう。入門を銘打つものは、わかりそうなものに限定して述べるか、または、すぐにわかるものにしか言及しない。難しいが本当に必要なことやよくよく考えなくてはならないこと、紙面を要するもの、つまり、長文は省かれてしまう。文が長いと売れなくなるからで、どんどん中身は薄くなる。

 こうした編集と販売の事情のため、読者はお金を払ったのに、事の真髄というか、本質といったものに触れられなくなる。読む疲労と時間に加え、お金も失うのだから、泣き面に蜂である。

 肝心なところに触れないから、よりたくさんの「わかる本」が求められ、その需要に応じて、それこそ、本棚が溢れるまで、出版されることとなる。そして、それを読んでも少しも賢くなった気がしない読者は、次第に本そのものを軽く見始める。WEBの記事の方がはるかにまし、という経験をした人はこれからも増える。だから、本は読まれなくなり、売れなくなって、買われなくなる。そして1回転だ。潜在需要の高い初心本が売り出され、本への蔑視が重ねられていく。次第に、本の価値を知らぬ人が増えていく。いや、もう増えている。電車のなかで本を読む若い人はもう数少ない。希少種だ。

 常識的に考えて、すぐにわかることやすぐにできること、簡単にできることなら、今、それをする必要はない。「すぐ」なのだから、よほどの緊急に迫られない限り、知らなくてよいこととなる。レトルト食品をがっつく必要はない。

 また、多くの人にとって、すぐできる・わかることならば、その知るべき対象は多くの人が既に知っているわけで、あなた自身が知る必要はない。相対的に数多く存在するだろう既知の人に聞けばよい。簡単にすぐできることやわかることなど、わざわざ時間を割いまでやる価値がなくなってしまうのである。

 あらためて指摘しておきたい。わたしたちは、勉強においては受身である。振り返ってみればわかるのだが、わたしたちは、どうして自分ができるようになったのか、理解できたのか、憶えたのかはわからないのである。理解や記憶が成就する、まさにその瞬間が意識できないのである。それらは、大半が無意識のところで行なわれていることとなる。

 確実に言えることは、たゆまず続けていれば、わかった状態・憶えている状態になるということだ。いつ、どのタイミングで理解や記憶が完了するのかはわからないけれども、やっていたら、できていたというのが実際のように思われる。試験勉強に必要なのは、頭のよさや論理的思考力、記憶力だといわれているけれども、実際は、忍耐なのだ。以前、東京の各大学の学生がどれだけ長く息を止めていられるか実験していたが、東大生が一番長かったのを、非常に鮮やかに憶えている。東大生のキモは、我慢強さなのである。

 わたしたちは、自分自身について、混同してはいけない。理解や記憶は、わたしたちの意識(意思)で完了するのではなくて、頭がすることである。わたしたちができることは、理解や記憶の一歩手前くらいまでのことで、あとの「完結」には、頭(脳)に委ねるしかない。理解や記憶の方法は数多くあるが、このことに言及しているものは少ない。

 勉強の理解や記憶に必要なものを一口で言うなら、忍耐である。頭(脳)がすることなのだから、どんな方法であれ、どれほど素晴らしい授業があっても、該当者に忍耐が欠けるならばうまくいかない。頭に汗をかけというが、蓋し真実を突いている。頭を動かして汗をかくまでは時間がかかる。わたしたちは時折、汗をかく時間を惜しむか、なくそうと効率化を求めるが、それは頭的に無理で、脳を変えようとするのと変わらない。

 勉強したことが身についていないことに無用に焦ったり、徒労感を感じたりすることがある。試験勉強に挫折する典型的な原因である。しかし、理解や記憶はやったらその分は返ってくるも、それがいつ起きるのかは未定であるし、完了の瞬間を体感できるものではない。やればできる、という言葉は真実であるが、やってもすぐにはできないと思っていて損はない。無用に焦らなくなる。

 育児のノウハウを教えれば、1歳児が6歳児になるわけがない。人が育つには時間がかかる。実りは、後からやってくる。すぐ目の前にはない。時間の経過に耐えられるものが、果実を得ることができるのは、何もリンゴ畑に限らない。わたしたちは、育む生き物なのだ。

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