知ろう聞こうとする前に

 過大に語る人がいる。意図的に難しく困難で、実に苦労するように言う。何も知らない状態でそう言われると、こちらとしては、かなり慎重にならざるを得ない。よくよく考え調べ、決心まで時間をかける。しかし、前もって苦労すると言われていれば、腹はできあがる。それが過大に言われていたとしても、大は小を兼ねる。中途半端な甘い料簡で着手するよりは、ずっとよい。

 逃した魚を大きく語る人は、少々てらうところがあるだけで、基本的に悪い人ではない。対象が大きくなるほどに、それに打ち克ったり得たりした自分の価値も上がるような気分になる。本心は、そういう自分を演出したいだけである。実質的に大きな害はない。過大の言は度が過ぎれば扇動となるけれども、(この人は過大の人だ)という見当なり感触があれば、度合いに応じて、真偽の程を差っ引いて見ればよい。

 そもそも、「難しい」「きつい」などと言われて決心がぐずつくようなら、やってはならない。小学生ではあるまいし、他人の言を鵜呑みにすることほど、危険なものはない。重要な決断になるほど、自身の両目で見て調べねばならない。考えることが、不安への特効薬だからである。

 過大に語る人がいれば、逆に、過小に語る人もいる。過小評価は、過大に比べたら、少々危険である。「簡単だよ」とか、「誰だってできるよ」と言われて甘く見ていたら、えらい苦難が待ち受けていた、なんてことは多々ある。穿った見方をすれば、前もって恐怖や不安を抱かさないようにする配慮、と言えなくもない。確かに、目の前のプレッシャーに押しつぶされそうな人がいたら、それらの言は有効であろうけれども、もし、何も知らない人が聞けば思い切り勘違いをしてしまう。安心してしまう分、厄介なのである。

 過小評価の心理は、対象を実際より小さく評価をすることで、自分を大きくすることにある。つまり、対象を小さく語れば語るほど、相対的に自分は大きくなるわけである。できるかできないか及び腰でやるよりも、「こんなのカンタンだ!」と勢いよく取り組んだ方がうまくいく。気持ちのうえで呑んでしまう過小評価の方法は、自身を奮い立たせる有効な方法の1つである。

 しかし、カンタンに思ってカンタンに考えれば、物事がカンタンになるものでは決してない。どんなことにも苦労はあり、難しいところはある。ごく当たり前のように見えて、それがいかに困難な均衡から成っているか、傍目からはわからない。過小評価は、絶大な失敗を招きかねない。自分を大きくする努力をしなければ、過小評価は心と身体を駄目にする。乱用は禁物である。

 そして、過大にも過小にも語らない人がいる。なかには、何も語らない人がいる。物事は、それほど単純に割り切れるものではない、と知っているからである。難しさも易しさも、実に個人差があって、多くは人によっている。結局は、自分が実際にやってみて、あれこれ試行錯誤を重ねた上で、自分で正していくしかないと知っている人である。物事は微調整の連続である。

 自身と同じ会社員だから、主婦だから、学生だからといって、その言が参考になることは、ごく少数である。よほど、自身と似た境遇でなければ、大概は勘違いを生むものとなろう。会社員とはいえ、内勤・外勤の差があれば職種もキャリアも異なる。育児に手のかかる主婦と、あまり手がかからなくなった主婦とでは、同列に扱えない。学生も、学部や専攻が変れば、これまた、違ってくる。当たり前のことだが、個々の前提となる知識や経験、能力も異なってくる。

 職業や年齢が自身と類似しておれば、(できそうかな)と思いはする。しかし、類似とは、全く異なるから類似となるわけである。類似とは、同じではない。同じように見えても、結局はどれも未知なる体験となる。具体はそっち側にある、といったわけで、良心的に言おうとするほど、抽象めいたことしか言えなくなる。だから、語らぬのである。やるべしとか、続けるべしといったことしか述べられないのである。しかし、そう言われたところで、それを聞いた人がやるかといえば、実に心もとない。正しくても、人は動かない。故に過大と過小が生じる契機となる。

 我々はよく、自分が何を求めているのかわからないのに、知ろうとしたり聞いたりする。安心をしたいのか、不安を減らしたいのか、保証がほしいのか、情報がほしいのか、決断を代わってほしいのか、そのあたりがよくわかっていないのに、もう心と身体は動いている。だから流れる。自分が何を求めているかわからなければ、すべての言は自分から通り過ぎるか、空転するか、さらなる惑いを生むのみである。何かを知ろうと・聞こうとするときは、その聞こうと・知ろうとする内容以上に、そうしようとする自分自身について、知るべきなのである。

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