「独学人へのテーゼ」

独学はときに、毒学といわれてしまいます。それは時に、本人でもどうしようもない癖を染み付けるからです。

当サイトは資格を独学で取得するにはどうしたらいいか、というのがメインのテーマになっています。

多くの資格は、ほとんどが独学で取れます。なぜなら、採点するのが面倒だから、その「能力査定」がザルになるからです。

難しいといわれる試験でも、内容自体はどんな人でもできるようになります。難関試験を難関試験と言わしめているのは、やはり「競争」で合格者数が限られているからです。

しかし、昨今の試験制度は大きく変わり始めています。

規制緩和の一環を受け、司法試験を始め多くの資格試験で、制度が変わり始めています。

原則的に、基本的なことさえできていれば、資格は取れるべきです。

合格者を制限するから、無駄な知識を詰め込んだほうが合格できてしまうシステムになるのです。

無駄な知識はすぐに忘れます。結果、その人が、その無駄知識を脳に入れた時間は無駄になってしまいます。

無駄に無駄が重なるのです。

ゼロには何をかけてもゼロです。

現在の試験は、この「ゼロ」になってしまうことに、力が投入されます。

「勉強が続きません」「サボってしまいます」

というお悩みメールが、週に何通も届きます。

そういったお悩みへの答えは、「つまらないから、当然の反応です」と返信しています。

そうすると、ほとんどの人がどうすれば面白くなるかを聞いていきます。

しかし、つまらないものを面白くする方法はありません。

この世の中の、世界中の天才的なお笑い芸人でも、面白くすることはできません。

このとき、ガマンして勉強を続けたとき、それは「毒学」になります。

毒学は、無駄に無駄が重なり、ゼロにはゼロかけてしまう結果になります。

その反面、何とか自分で楽しく勉強できるようにするのが真の「独学」です。

勉強が苦しいという人は、明らかに無理をしています。

無理をしている人の中には、その自分が受ける試験をあまり知らない、または、通り一遍な見方しかしていないときがあります。

ひどいのになると、「〇〇士」試験を受けようとがんばっているが、実際に「〇〇士」を見ていない、という人がいます。

それでは、虚構に虚構を重ねているのですから苦しいはずです。

確かに、勉強は苦しいことも確かです。

しかし、「独学」のよさは、自由なことです。苦しさに自分で自由にアプローチできることが、独学の最大の便利さです。

先ほどの「〇〇士」の例ですが、会いに行けばいいだけです。それか、どっかの事務所に電話を掛けたらいいだけです。

それだけで、みるみるやる気が出ます。

いろいろ、生きていると独学の種はあります。

わたしは回転寿司のお寿司回転レーンをみて、自分の間違いやすい箇所だけをピックアップした「お寿司レーン復習法」を考察しました。

フランス料理屋の厨房を見て、筆記具やテキストの整頓方法を工夫したり、その他の道具を勉強に使えないかを考えました。(勉強時間中に^^)

遊び心も、独学の大切な要素です。

勉強にがむしゃらにやってもいいけど、あんまりプラスになりません。

人生は資格試験にがむしゃらになるよりも、恋人やパートナー、先生になる人を探すのにがむしゃらになったほうがいいです。

独学は、独身の「独」です。自由にやったらいいのです。

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「毒になる学び方より、「独特」の学び方でいきましょう。」

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適当な人の適当な人への適当な読み物、其れが資格コラム。
コーヒーブレイクにどんぞ。

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